39歳の終活生②
とある葬儀社でお世話になった約10年。
今の「僕」を形成した大切な時間。
地球上の、僕というちっぽけな人間の、僅か10年という月日だが、
「仕事」ではなく、「生きる使命」を教えてくれた。
これからは執筆を通して、葬儀業界を応援できたら、とても幸せだ。
当時ボディーガードを辞めた僕は、
立ち上げに参画した警護会社が業績回復したら、復職する予定で職探しをしていた。
(人の死を知らずして、人を死から護れるのか?)
そう自問自答し、葬儀業界に興味を持った。
入社を決めたのはベンチャー企業で、
遺族に未来を生きる勇気を与える。という理念を掲げ、
「想い」に特化した会社だった。
企業HPの社員紹介に、飼っている犬を載せていたのも好印象だった。
入社して三日目に、ある儀式のトークスクリプトが書かれた紙一枚を渡され、午後には現場デビューをさせられるわ、大した説明もないまま通夜スタッフとして働いて、先輩から怒鳴られまくる、や、やばいとは思った。
でも、一緒に働く人たちは、仕事をしていなかった。
当時、葬儀プランナーは数名。
それでも提供する葬儀が高く評価されていて、発展途上の真っ最中。
業界内で複数年連続成長率ナンバー1を記録した。
会社と、仲間。共に成功体験を重ねられた時は輝いていた。
担当する葬儀の前日には社員を集めてMTG。
部内の会議が深夜に始まるなんてざらだった。
窓から差し込む朝日に照らされて、オフィスにと倒れる仲間が毎日のようにいた。
もちろん会社が成長する真っ只中にいられるのは幸せで、伸びる快感は堪らない。
でもそれを差し引いた過酷な労働環境でも、誰一人愚痴を言わなかった。
人が死んでいるのに、まるで生きている人を助けにいくかのように車に飛び乗り
関東圏を飛び回る。何度か事故も起こしたし、心臓も肥大した。
でも、誰もが会社の理念の元に、「使命」を感じて生きていた。
生きる会社は強かった。
人間の様に呼吸をし、その息吹は利用者に届く。
そうして自然と多くの人々に利用された。
以前より、多くの新卒者が葬儀会社に入社していると聞く。
全ての人々に葬儀式が必要だとは思わない。
僕は「ゼロ葬」主義だし、
死する前に出来るだけ後悔ない最期を遂げた
故人と遺族にお悔やみは必要ないとも思う。
退いた身で偉そうで申し訳ないけれど
僕はこれまで働かせて頂いた職の中で
とある葬儀社の仲間を一番尊敬している。
なぜなら、各自が「喪失」を経験し
勇気を出して人を見送る世界の門戸を潜ったからだ。
人の悪口を叩かないし
自分本位ではなく
必死で思い遣りのある世界を創ろうとしている人々が多いからだ。
「葬儀業界」というと、良いイメージを持たない人間はまだ多いかもしれない。
社会的地位を低いと先入観を持つ者もいるはずだ。
でも、紆余曲折、様々な職業を経験した
僕のちっぽけな人生の歴史で
精神的地位が高く、人間として豊かな存在は
葬儀業界で働く仲間だ。
小説三作目は、これまでの自分史を参考にしながら、
葬儀社を舞台にした物語を書いている。
コンプライアンスが糞喰らえだとは言わない。
人は喪失を乗り越えなければ成長しないと、簡単には言ってはいけない。
しかし、良い訳ばかりの世の中に、
衰退ばかりを感じる人間界に、
生温さを感じて仕方がない。
これまでの人生で一番辛かった時期を支えてくれた
馬鹿みたいに使命を全うして、そんな時を忘れさせてくれた
葬儀という仕事に感謝して
僕なりの物語を書き上げたい。
三帖ゆうじ